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Far be it [読書日記]





読み終わりました。

中世に煉獄というものが出来て、それは主にカトリック教会でのことですが、今際の際に司祭を通して悔悟をすれば誰でも、地獄直行間違いなしの罪人や悪人でも煉獄という浄罪の場で罪を償うことにより、ゆくゆくは天国へいけるというシステムが出来上がった、というのお話。(ちがうかも)

それはつまり、死後、未来永劫の苦しみである地獄に堕ちないために、そしてもしくは地獄の苦しみに勝るとも劣らない煉獄での浄罪の苦しみを軽減するために、教会のとりなしがどうしても必要で、天国があり地獄があると一般的に信じられていた社会において、それは人々の信心を取り込むための非常に有効な手段であったことが想像できます。

煉獄の流行は、ル・ゴッフせんせーによれば19世紀くらいまで。ということは、以前に読んだ無神論の歴史に思いを巡らせれば、死の床においても決然と司祭の同席を拒否したキリスト教社会の無神論者さんたちの胆力や、驚嘆すべきものであったと言わざるを得ません。最後の最後には神の許しを請うた無神論者さんがいても残念なことではないでしょう。私は今健康で、死ぬことなどあまり考えませんが、いざ風前の灯火となると、やはり恐怖に襲われるかも。だって死後は未知だもの。何かにすがりたいと思うほど心が弱くなるかもしれない。でもそうしない。死ねば終わり。骸はただの抜け殻で、孤独死しようが損壊されようが、どんな扱いでも全く気にしない。出来れば、また生まれ変わらないように、ともし火が消えるように、魂も消滅すれば良い。そういう風に、疑わず、死んでいけますように。

浄福を得んがためにはひと各々の流儀あるべし。

です。






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Obscurantism、蒙昧主義 [読書日記]


13世紀、教会においては煉獄はほぼその存在を確実にしている。
説教は教化の重要手段だし、民衆にとっては上手な説教は人気の出し物。そこにおいて煉獄がどのように扱われているかとみるために、シトー派、ハイステルバッハのカエサリウスとドミニコ会士エティエンヌ・ド・ブールボンの著作がとりあげられる。カエサリウスにおいては煉獄は希望(その先は地獄ではなく天国という意味で)だが、少し後の時代のエティエンヌ・ド・ブールボンでは煉獄は地獄寄り。恐怖による教化。

さて、またエティエンヌ・ド・ブールボンは次のような名文句を吐いている。

《聖人は、天国にあって神を見られないよりは、その必要があれば地獄にあって神を見ることを選ぶであろう》と。かなり蒙昧主義的な彼の文章の中で、至福直観に関するこのくだりは雲間から漏れる太陽の光のようである。466p


なにその愛されないならいっそ憎まれたい的なロマンスっぽさ。というか、ジャック・ル・ゴッフせんせいのいきなりロマンティックな表現。何が筆を滑らせたのだろうかと勘ぐりたくなる…。
というのはさておいて、【蒙昧主義】ってなんだろう?

蒙昧主義

曰く:
この語は翻訳語であり、英語やフランス語などの原語の語法では、大別して以下の二つがある。
1)知識や情報が広がるのに反対すること:公共の空間に知識がひろまるのを許可しないこと
この用法は18世紀の啓蒙主義者らによって普及した。そのため、狭義には、新しく合理的な概念を拒絶し、古い権威を蒙昧的に擁護する態度を意味する。
中国語ではObscurantismは「愚民政策」として翻訳されるが、それはこの意味に限定したものである。
2)文学や芸術や思想などで、意図的に曖昧または難解な表現を使うスタイル、のことを一般には意味する。
この用法ではカタカナでオブスキュランティズムと書かれることが多い。
日本語では類似する語として「韜晦趣味」また「衒学趣味」がある。


わたし、自分の文学の好みが2の意味で蒙昧主義的であると言えることを知りました。

自分もあからさまにせず、わざとぼかして言ったり書いたりするのが好きだし、文章を読むときは平明であるより小難しくて直截的でないのが良い。

そのほうが余計に楽しむ余地がある。

と思う。






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While the sentiment is appreciated, [読書日記]


ネタにしまくってますが、先日、初めてインフルエンザに罹りました。

38℃以上の熱を出したのも初めてです。たぶん。

人生に厚みが出たように思います。これでインフルエンザに罹った人の気持ちもわかるというものです。

隔離期間中、当たり前だけど家から一歩も出られず、ゲームも自粛していたので本を読みました。買い置きの本は山ほどあるし、電子書籍も書い放題。そして進行中の本も数冊ある。なので





は読み終えました。スペインに関して初心者には意味不明の単語の羅列でしたが、でも面白かった。スペインの無脊椎化とか示唆溢れて興味深い読み物でした。


とはいえ、あんまり難しいのは疲れるので、スペイン史の後はこれ





を読みました。

作者キルメン・ウリベは処女作がとてもよかった。




でも今作は、わたしはあまり合いませんでした。おおむね、悪くないのだけど、うーん、こういうコラージュのような書き方の場合、超越した主観の存在に気づかされると在り来たりになるように思います。コラージュは作品そのものの偶然性と受け取り側の感受性に依存しているからこそ面白いのに、発信者の主張の骨子がありありと透けて見えるのは興ざめ。という感じ。素材はいいです。すごく。感性は素晴らしいと思います。でもまあ、わたしは文学者ではないので難しいことはわかりません。端的に、星3つ、というところ。


今は引き続き、煉獄の誕生を読んでいます。形容詞的副詞的”煉獄なるもの”が名詞”煉獄”になり、異端カタリ派やヴァルド派との差別化によってカトリック教会内での地歩を固め、ギリシヤ人(正教)との論争で、空想を埋めていくところ。12世紀、13世紀に入っています。



さて、タイトルは今読書会で読んでいるリージェンシーものから。

気持ちは汲むけどね、

という意味かな。お気持ちは嬉しいけれど。


そんな感じの、いろいろあったこの頃でした。







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レフリゲリウム(refrigerium) [読書日記]



『煉獄の誕生』を読んでいます。

ジャック・ル・ゴッフせんせーのやつ、文章がすらっとしていないから、ほんと読みにくい。
私は文面を追う毎に見通しを立てながら読みたいタイプなんですよね。
(単に私には荷が重い、ということかもしれません。)





さて、「煉獄」

れんごく、英語だとpurgatory

カトリック教会の教義で、この世のいのちの終わりと天国との間に多くの人が経ると教えられる清めの期間。『カトリック教会のカテキズム』では、「神の恵みと神との親しい交わりとを保ったまま死んで、永遠の救いは保証されているものの、天国の喜びにあずかるために必要な聖性を得るように浄化(清め)の苦しみを受ける人々の状態」と説明する。
正教会やプロテスタントなどキリスト教の他の教派では、後述するように煉獄の存在を認めていない。

(wiki丸写し)


私は、<完全無欠の義人でも悪人でもない普通の人が、死んでから最後の審判までの間にいくところ>と思っていたのですが、<ある一定の期間罪を清めるところ>みたいです。

まあともかくその煉獄というのが、中世カトリック教会界隈の産物であって、天国か地獄かという極端な二元論にそぐわなくなった現実の人間社会に即して考え出された第三の場所、というのがこの本の骨子(私見)。




昨日読んだところに、以下のような聖パウロの黙示録の記述を引用した箇所がありました。


劫罰を受けた者の魂は義人の魂が大天使ミカエルによって天国へ運ばれるのを見、自分たちのために主にとりなしてくれるよう嘆願する。大天使は、パウロと彼に付き添う天使たちと一緒に、神に泣いて訴えるよう勧める。そうすれば神は彼らに蘇生のよすが、レフリゲリウム(refrigerium)をお与え下さるであろう。そこで一同声を合わせて嘆き訴えると、天から神の手が降り、その受難と人間の罪の数々を想い起こさせる。しかし彼は聖ミカエルと聖パウロの祈りに心を動かされ、彼らに土曜日夕刻から月曜日朝までの休息(requies ab hora nona sabbati usque prima secunde ferie)を認める。

57ページ 「I 古代の想像的形象」より


は?

「しかし彼は聖ミカエルと聖パウロの祈りに心を動かされ、」の「彼」って誰のこと?

ここには、劫罰を受けた者(の魂)、大天使ミカエル、パウロ、天使たち、神(の手)しか登場しませんね。その中で、ミカエルとパウロは除外、また「彼ら」に相当するのは劫罰を受けた者(の魂)であるので違う、となると、天使たちか神しかない。
というか、文脈からしても「彼」とは「神」のことなのですが、「God」に当たる「he」の「彼」をこんなにそっけなく書いた文をあまり読んだことがなかったので(日本語ならせめてそのあとの「心」を「御心」にするとか、動詞を尊敬語にする、とかそういう書き分けがあることが多い、という認識があります)、ちょっと戸惑ってしまいました。英語でも大文字になってることがありますよね。

その前の「天から神の手が降り、その受難と人間の罪の数々を想い起こさせる。」という箇所も一読しただけではちょっと読み取りにくい表現。
大天使の勧めで劫罰を受けた者(の魂)らが泣きながら嘆願すると、天から神の手が降りてきて、彼らに「受難(←だれの?キリストの?」と「人間の罪の数々」(←だれの?一般人の?)を思い起こさせる。キリストの受難で罪を購ったのにまだ改心しない、だから今更泣いたって悪いのはお前らだ、と言いつつも、土曜日の夕方から月曜の朝まではお休みにしてやる、という神の慈悲を説いた文面である、ということなのでしょうかね。
英語のテキストなら、受難は"Passion"と頭文字が大文字になっていたかもしれず、それならすぐにキリストの受難なのだな、と思えるでしょうけど。言葉の使い方による情報はバカになりません。

まあ、こんな風に、いちいち文句つけつつ、ねちねち考えるのが好きな私です。嫌厭されるタイプのようです。



さて、レフリゲリウム。これは聞いたことがなかったので調べてみようと思い、それをこの日記に書いておこうと考えたのでした。


The Latin word refrigerium literally means ‘refreshment’, and is the origin of the English noun ‘refrigerator’ (Webster, 1913). In ancient Rome, the word refrigerium referred specifically to a commemorative meal for the dead consumed in a graveyard. These meals were held on the day of burial, then again on the ninth day after the funeral, and annually thereafter. Early Christians continued the refrigerium ritual, by taking food to gravesites and catacombs in honor of Christian martyrs, as well as relatives.

The early Christian theologian Tertullian used the term refrigerium interim to describe a happy state in which the souls of the blessed are refreshed while they await the Last Judgment and their definitive entry into Heaven. Later Christian writers referred to a similar, interim state of grace as the "Bosom of Abraham" (a term taken from Luke 16:22, 23). Tertullian's notions of refrigerium were part of a debate on whether the souls of the dead had to await the End of Times and the Last Judgment before their entrance into either Heaven or Hell, or whether, on the other hand, each soul was assigned its place in the eternal afterlife immediately after death (see particular judgment).

(wiki丸写し)


ええと、
ラテン語のリフリゲリウムはリフレッシュメントという意味で、英語のrefrigerator、冷蔵庫(ほらきた、そうじゃないかと思いましたよ)の語源である。
古代ローマでは、レフリゲリウムは特に、死者の為に墓地で摂られる記念的な食事を指す。
これらの食事は埋葬の日中供され?、9日後の葬式、その後は1年毎に繰り返される。(←通夜、葬式、法事の御膳か)
初期のキリスト教徒は墓地、それから身内と同様に殉教者に敬意を表してカタコンベに食事を持ち運ぶことでレフリゲリウムの儀式を維持した。

初期キリスト教神学者のTertullianはこの用語をrefrigerium interim 仮のリフレッシュメント?を「幸福状態」を言い表わすことに用い、そこにおいては祝福された魂たちは、最後の審判と最終的な天国入りを待つ間リフレッシュさせられるという。
後のクリスチャンの著述家は、類似した、慈悲?(grace)の中間状態「アブラハムのふところ」と言述した。
Tertullianによるレフリゲリウムへの言及は、死者の魂は天国あるいは地獄へ入るまで世界の終わりと最後の審判を待たなければならないか、または、もう一方では、それぞれの魂は死の直後にそれ以降永遠に続く死後の人生を割り当てられるのかという議論の一部であった。



古代ローマの習慣であって、日本人にも思い当たるふしのある葬式、墓地での食事という文化の根源と、それをリフレッシュメント、再新鮮化?のような言葉で言い表すのって興味深いですね。
ちなみに私の田舎では葬式の時に出される食事はおひじと言います。今ネットで調べたら「お非時」と書いてありました。










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Ah, gods above...or underneath? [読書日記]


『奴隷船の歴史』、読み終わりました。


15世紀から19世紀のはじめにかけて、アフリカ人商人や権力者に売られ、白人の船で大西洋を渡ったアフリカの人々は1000万人以上。
ちなみにホロコーストの被害者数はおよそ600万人と言われています。
それよりもさらに多いアフリカの人々が、この本によれば、故郷と人間性を奪われ、商品または使い捨ての労働力とされました。
そして船の稼働率にしても、生態系に与える影響としても、想像を絶する大移動を、付帯的損失も出しながら、白人資本家たちはやってのけたことになります。

世紀を通じて貿易が盛んだった18世紀には、英国とアメリカの奴隷船だけで300万人もが運ばれた。輸送にともなって、目がくらむほどの人的被害を生んだーーアフリカで、船上で、そして新世界について1年以内に死亡した者は500万人に上る。
(中略)
貿易廃止時、大西洋の「プランテーション」機構では、ざっと見積もって330万の奴隷が労働に従事していた。農園を所有していたのは、アメリカ人、英国人、デンマーク人、オランダ人、フランス人、ポルトガル人、そしてスペイン人と様々であった。奴隷のうちのほぼ120万人が合衆国、70万人が英国領カリブ海植民地で働かされていた。
エピローグ 318p


また、閉じられた、狭い世界である奴隷船上のヒエラルキーにおいては、水夫は奴隷たちへの命令や虐待の実行者であるだけでなく、同時に船長や上級船員(航海士など)から虐待を受けていて、その死亡率、傷害率も高かったと書いてありました。


こうした非人間的システムの恐るべき黒幕は資本家乃至資本主義だとレディカーは書いています。


興隆においても、また現在まで続く展開においても、資本主義の核には常に暴力と恐怖があった。
(中略)
水夫を看取る奴隷たちの考え方こそ、この本の調査の過程で出会った、最も寛大で懐の広い人間性の捉え方だった。
エピローグ 325p


中間航路を生きながらえても、病気や怪我で動けなくなったり、帰りの船では不要になるなどして、他に頼るあてなどなく港の角で死を待つしかない水夫は大勢いて、そういう水夫に同情を寄せ、看取ったのは彼らに運ばれてきた奴隷たちであったと筆者は書いているのです。

ただし、私は、資本主義の核には、というか、人間の本能の核には常に欲望があり、それが暴力と恐怖を呼び寄せるのだと一方では言え、また他方では、傷ついて死にかけている目の前の人に同情を寄せることは人間的な行いだと言えると考えます。奴隷貿易においてだれがどのように非人間的であったかというよりも、どちらも人間的であったということを深く考えなければいけない気がします。

そうして、奴隷貿易の過去を矮小化したいわけではないけれど、どうしても私はアフリカ側に”売る人”がいたことが気になります。


そもそも、国家や国民の意識、人権、平等、人類愛などの認識すらない時代だったとしても、権力者や奴隷商人達がこれほどのアフリカ人を売らなければ、これほどの規模のヒューマントラフィックは可能にならなかったのでは?

日本が大政奉還のとき国家としてまとまらずに分裂し、佐幕派と尊皇派の藩の間で戦争をして、捕虜を白人たちに奴隷として売ったと想像してみたらどうですか?

当時の日本で、奴隷何百万人もの確保は可能だったでしょうか?

そしてアフリカはなんという損失でしょうか。その規模の人的資源の損失を考えると。
けれども逆に、それほどアフリカの地、自然は、生きるのに過酷であると言えるのかも。人口が増えるのを支えきれないわけですから。


アフリカのことはまだそんなに考えたことがないから、またさらに知りたいことが増えました。




ーー人類揺籃の地と言われるアフリカ。

Finis Africae















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The Slave Ship [読書日記]


もうそろそろ終盤というところ、興味深く読んでいます『奴隷船の歴史』。
実を言うと奴隷貿易といってもよく知らなくて、野蛮な白人が銃と大砲でアフリカの人たちを脅し、謀略をつくして無理やり船に乗せて新大陸に運んだかのような印象を持っていました。

でもそうじゃなくて、まあ、そういうことが全くなかったといえるかどうかは知りませんが、たいていの場合、奴隷となるアフリカの人々は、現地の有力者、現地の商人との交渉によって入手したと書かれています。地域の紛争での捕虜や囚人、罪人、略奪などで誘拐された人々が奴隷となります。主にイギリスやアメリカの船によって、15世紀から19世紀の初頭にかけて、数百万人のアフリカの人が新世界に奴隷として売られていったそうですが、なんという人的資源の浪費、流出だろうかと思います。文明と国家の規範を考えさせられます。日本は鎖国から解かれたとき、かろうじて国家としてまとまることを選ぶことができ、ほんとうに幸運でした。

ところで、たんに不明なので問いたいと思い、書いておきますが、


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僕は、《アフリカ》の憐れな男たちに出会って自分が感じたことを、言い表す術をしらない。人数は7人ーー全員が若く、22、3歳、屈強な男たちだーー皆が水夫だった。彼らほど素晴らしい男たちを見たことはないーー幾人かは死ぬ定めなのだと考えたときの僕の感情は、きっと誰も表現できないだろう。今どんなに元気盛んでも、2度と故郷を見ることができないなんて。また、このように高貴な男たちが命を落とせば、英国旗の栄光がどれほど翳ることだろう、とも考えた。力強く、たくましく、そして度胸もよく、またやる気もある、こんな男たちのおかげで、僕らは、敵国、フランスの海軍をものともせずにやっていけるのだ。

「国の柱たち」との出会いで呼び起こされた、いくばくかの同性愛的エロティシズム、そして愛国的な感情でもって、クラークソンはこの後、水夫と彼らの経験を奴隷貿易廃止運動の中心に据えるようになった。証拠と情報を集め、また奴隷船の下甲板を照らし出す光を求め、彼はますます水夫たちを頼りにするようになっていったのである。

『奴隷船の歴史』294P
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○太字の部分、水夫が素晴らしいと褒めただけでなぜ「同性愛的エロティシズム」と形容されるのか。


冒頭、1つ目の段落は、奴隷貿易廃止を唱えたトーマス・クラークソンからの引用。18世紀から19世紀のイギリス人です。
2つ目の段落は地の文、現代の作者のマーカス・レディカー。


水夫や軍隊にそういう傾向はつきものかもしれませんが、本書ではその部分にこれまで全く触れられてきませんでした。そしてここに「同性愛的」と書かれたのが初めて。なので驚きましたよわたくしは。若くて逞しい水夫を褒めたくらいで同性愛的エロティシズムと形容するのはどうでしょう?実際に私が読んでいて、クラークソンの文章から全くそういう感じがしなかったのだけど、みなさんはどうですか?
そういう風に書かれることの原因として考えられるのは、私が思うに、この本には今までのところ一切書かれていないけれど、トマス・クラークソンが実際に同性愛的傾向が顕著だったのか、奴隷貿易反対運動の間にそういう嫌疑をかけられたのか、もしくは他の人が、あの文章を読んでそういう風に感じたか、です。

トーマス・クラークソン

↑日本語のwikiの記述は少ないですが、↓英語だとたんまり書いてあります(めんどくさいので全部は読んでいません)

Thomas Clarkson

英語版をざらっと読めば、妻がいたと書かれています。独身者でもない。敵対者からホモセクシュアルを糾弾されていた様子もない。まあ、wikiじゃなくてもっと詳細な研究書にそういうことが書かれていたかもしれないことは否定できませんね。それをレディカーが読んで、クラークソンの人となりにそのことをほのめかすのが公平だと考えて書き添えたのかも。それにしてもいらないだろ。これ。と思ってしまいます。


こういう種類の著作においては、筆者の価値観は出来るだけ表面化されないよう、細心の注意をはらってもらわなければ。信頼性を損なうというものです。



















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By which I mean, right now:羅米文学をこれへ [読書日記]




年末からこれを読んでました。

ラテンアメリカに興味あるので。なかなか面白かったです。

いろいろ読んでみたいと思わせる小説が紹介されていたのですが、中でも『夜のみだらな鳥』と『パラディソ』、『帝国の動向』といった作品に興味が。
『帝国の動向』はメキシコ皇帝マクシミリアンが出てくるお話のようなんですが、このメキシコ皇帝夫妻のwikiの記事読んだりしたら、もうたまらなく興奮しますよね!ね!

でも、この3つ、すぐに入手できない本のようです。試しにアマゾンで見たら『夜のみだらな鳥』中古になる。でもおれ、中古買うのあまり気が進まなくて。どうしてもなかったら、にする。
それからパラディソは翻訳がない。
帝国の動向は翻訳されるかも?というところ?
残念。すぐにでも読みたかったのに。

つまらないので、




を読むことにしました。

ワクワクします。












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The Best of 2016 [読書日記]


電子書籍で英語の本を読み始めてから、うーんと、3年?くらい。

今年は、さるMM読書会に参加して、月に一度課題図書をみんなで読むという楽しさを覚え、
英語を読むスピードも少し上がったように思います。

私は趣味、というより生きがいが読書だし、読書で何か広がりを持ていないと嘘だろう、と
数年前、ある日突然思ってから、でもそれはどうやれば良いのかわからなかった。
読書で繋がりが持てないなら、それは私の人格のせい?
いやいや、私はそんなに社会性がないわけでも性格が悪いわけでもないはず。
…たぶん。たぶんね。努力はしてる。

でも、今年の春に、今の読書会にご縁ができて、一つ、私が憧れていた交わりが持てたように思います。
本の世界はそれぞれの入り口から入るもの。一つの本に唯一の世界があるのじゃなく、読む人ごとの世界があると信じています。だから同じ意見である必要はなくて、読書を通じて他の人の世界を知れることがよほど価値のあることです。

来年は、MMロマンスじゃない本読みのほうでも誰かと繋がりが持てたら良いな、と思っているのだけど、まあ、あせらずゆっくり運に任せたいと思います。


さて、恒例の今年のベスト3を。

今年は12冊の紙の本、24冊の電子書籍を読んだようです。

その中で一番心に残っているのは、



良くも悪くもこれ。
英語がすこし難しくて、よく理解できない箇所があり、読み落としや間違いもあるかもしれないから、もう一度読み直せば良いと思うのだけど、読むのはいやだ。邦訳されたら読む?読みません!
他の人におすすめもしないけど、心奪われるような印象深い作品です。



それから、これ。




難しかったけど、為になった。私がいろんな本を読むのは、自分一人で解脱したいからなんだなとわかりました。


そして、大好きなCiaran Carson




私の考え方や文の好みは、プルーストとカーソンで形成されました。


それではみんな、来年もまたよろしくお願いします。








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Which is, and which was, and is to come. [読書日記]




読み終わりました。

邦訳されても売れないだろうけど、私はこれと、The Pen Friend がすごく好き。楽しませてもらいました。キアラン・カーソン、ありがとう。



読書は体験だと思います。読んでいると、頭の中で繰り広げられる様々なイメージ、世界、感情の渦。


And it occurred to me that reading is itself a form of translation, for every reader must interpret what he or she reads, visualizing the action or the scene described in his or her own way.

読むことは、それ自体がひとつの置き換えだと私は思った。読む人は誰もみな、彼がもしくは彼女が読むものを自分なりに解釈し、心の中に思い浮かべるから。


Each of us enter the room in the book in our own way.

我々は、それぞれ、自分なりの方法でその空間に入り込む。


A human being is a story-telling machine, and the self is a centre of narrative gravity.

人間は、物語る機械であり、そして彼自身、物語が集約する中心なのである。


私自身がグラビティであって、私が読んできたもので心に残り、思い出そうとすれば浮かんでくるもののかき集めの総体が、この読書日記で書きとめたいと思っていること。



物語の最後のほうで、キルパは謎めいた地下室で、かつての友に再開します。

そこは不可思議な空間で、雑多なものに満ちている。
彼は一台の自転車に目を止める。

それは美しい6月の朝。13歳の少年のころ。
快晴、青空、流れる雲。田舎道を走っていく、あの自転車。

This summer afternoon has always existed.

And I am unbearably happy because in this endless moment I do not know who I am because I am everything around me.





…あれ?午後なの?



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Full Fathom Five [読書日記]


カタカナ英語の響きは良いんだけど、英語の発音だと難しそう。
ふるふぁぞむふぁいぶ。
ちょっと発音してみて、fとlとthとv



fathomは前に読んだCarsonの The Pen Friend で印象的だったので覚えた単語です。

海の深さを測る単位である、「尋(ひろ)」、それから動詞として「推し量る、見抜く」


And I saw a glint in your eye I found difficult to fathom.

そしてぼくは君の目の中に、難解な光を見た。

突然姿を消してしまった謎めいた恋人からの不思議な手紙を巡り、過去を思い出す主人公、
の、お話。



ふるふぁぞむふぁいぶについて言えば、これはシェイクスピアのテンペスト、「嵐」の中に出てくる詩のことば。
父なる王は五尋の水底に横たわり、その骨は珊瑚、その目は真珠となりぬ。
私もこの詩が好きで、出だしだけ覚えています。

wikiで調べると、こうあります。

"Full fathom five" is a catchphrase deriving from a verse passage, beginning with those words, in Shakespeare's The Tempest. Its original context, during a storm and shipwreck.

「ふるふぁぞむふぁいぶ」はこれらの言葉から始まるシェイクスピアの「あらし」の中の詩に由来するキャッチフレーズです。


Full fathom five thy father lies;
Of his bones are coral made;
Those are pearls that were his eyes:
Nothing of him that doth fade
But doth suffer a sea-change
Into something rich and strange.
Sea-nymphs hourly ring his knell
Hark! Now I hear them – Ding-dong, bell.

— William Shakespeare, The Tempest, Act I, Sc. II


This three-word phrase has been repeatedly used in English-language culture, alone or in the context of larger parts or the whole of the passage, or referred to via abridgements of it, over the four centuries since its composition.


400年来、英語圏で繰り返し使用されて来たというのはやはり、語呂が良いからでしょうか?
しかし、キャッチフレーズって。。。どんな?



さて、Full Fathom Five は、Exchange Place の章のタイトルでもあります。


What can the little seahorse know of fantastic ecosystem? We cannot know. But we can say that its experience is a microcosm of the ongoing, thousands of years old saga that is the life of coral reef, and which, like the human brain, we have yet to fully fathom.



海馬は記憶や空間学習能力に関わる器官である。その名はラテン語で hippocampus、形態が英語でいうseahorse、タツノオトシゴに似ているから。

キルフェの失踪した友人、画家のHarlandが残した日記にはこう書かれている;

「時々、僕は人間の意識を海底都市のように捉えてみる。骸骨が積み重なって出来た建物、生命に満ちたネクロポリス。
小さなタツノオトシゴが不思議な生態系の何を知ることができるだろう?我々にはわからない。しかしそれらの経験は、いまも進行中の、何千年にも及ぶ物語の縮図であるといえるだろう。珊瑚の寿命のような、また、人間の脳のように、我々がまだ完全に理解していない物語の。








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