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Ah, gods above...or underneath? [読書日記]


『奴隷船の歴史』、読み終わりました。


15世紀から19世紀のはじめにかけて、アフリカ人商人や権力者に売られ、白人の船で大西洋を渡ったアフリカの人々は1000万人以上。
ちなみにホロコーストの被害者数はおよそ600万人と言われています。
それよりもさらに多いアフリカの人々が、この本によれば、故郷と人間性を奪われ、商品または使い捨ての労働力とされました。
そして船の稼働率にしても、生態系に与える影響としても、想像を絶する大移動を、付帯的損失も出しながら、白人資本家たちはやってのけたことになります。

世紀を通じて貿易が盛んだった18世紀には、英国とアメリカの奴隷船だけで300万人もが運ばれた。輸送にともなって、目がくらむほどの人的被害を生んだーーアフリカで、船上で、そして新世界について1年以内に死亡した者は500万人に上る。
(中略)
貿易廃止時、大西洋の「プランテーション」機構では、ざっと見積もって330万の奴隷が労働に従事していた。農園を所有していたのは、アメリカ人、英国人、デンマーク人、オランダ人、フランス人、ポルトガル人、そしてスペイン人と様々であった。奴隷のうちのほぼ120万人が合衆国、70万人が英国領カリブ海植民地で働かされていた。
エピローグ 318p


また、閉じられた、狭い世界である奴隷船上のヒエラルキーにおいては、水夫は奴隷たちへの命令や虐待の実行者であるだけでなく、同時に船長や上級船員(航海士など)から虐待を受けていて、その死亡率、傷害率も高かったと書いてありました。


こうした非人間的システムの恐るべき黒幕は資本家乃至資本主義だとレディカーは書いています。


興隆においても、また現在まで続く展開においても、資本主義の核には常に暴力と恐怖があった。
(中略)
水夫を看取る奴隷たちの考え方こそ、この本の調査の過程で出会った、最も寛大で懐の広い人間性の捉え方だった。
エピローグ 325p


中間航路を生きながらえても、病気や怪我で動けなくなったり、帰りの船では不要になるなどして、他に頼るあてなどなく港の角で死を待つしかない水夫は大勢いて、そういう水夫に同情を寄せ、看取ったのは彼らに運ばれてきた奴隷たちであったと筆者は書いているのです。

ただし、私は、資本主義の核には、というか、人間の本能の核には常に欲望があり、それが暴力と恐怖を呼び寄せるのだと一方では言え、また他方では、傷ついて死にかけている目の前の人に同情を寄せることは人間的な行いだと言えると考えます。奴隷貿易においてだれがどのように非人間的であったかというよりも、どちらも人間的であったということを深く考えなければいけない気がします。

そうして、奴隷貿易の過去を矮小化したいわけではないけれど、どうしても私はアフリカ側に”売る人”がいたことが気になります。


そもそも、国家や国民の意識、人権、平等、人類愛などの認識すらない時代だったとしても、権力者や奴隷商人達がこれほどのアフリカ人を売らなければ、これほどの規模のヒューマントラフィックは可能にならなかったのでは?

日本が大政奉還のとき国家としてまとまらずに分裂し、佐幕派と尊皇派の藩の間で戦争をして、捕虜を白人たちに奴隷として売ったと想像してみたらどうですか?

当時の日本で、奴隷何百万人もの確保は可能だったでしょうか?

そしてアフリカはなんという損失でしょうか。その規模の人的資源の損失を考えると。
けれども逆に、それほどアフリカの地、自然は、生きるのに過酷であると言えるのかも。人口が増えるのを支えきれないわけですから。


アフリカのことはまだそんなに考えたことがないから、またさらに知りたいことが増えました。




ーー人類揺籃の地と言われるアフリカ。

Finis Africae















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The Slave Ship [読書日記]


もうそろそろ終盤というところ、興味深く読んでいます『奴隷船の歴史』。
実を言うと奴隷貿易といってもよく知らなくて、野蛮な白人が銃と大砲でアフリカの人たちを脅し、謀略をつくして無理やり船に乗せて新大陸に運んだかのような印象を持っていました。

でもそうじゃなくて、まあ、そういうことが全くなかったといえるかどうかは知りませんが、たいていの場合、奴隷となるアフリカの人々は、現地の有力者、現地の商人との交渉によって入手したと書かれています。地域の紛争での捕虜や囚人、罪人、略奪などで誘拐された人々が奴隷となります。主にイギリスやアメリカの船によって、15世紀から19世紀の初頭にかけて、数百万人のアフリカの人が新世界に奴隷として売られていったそうですが、なんという人的資源の浪費、流出だろうかと思います。文明と国家の規範を考えさせられます。日本は鎖国から解かれたとき、かろうじて国家としてまとまることを選ぶことができ、ほんとうに幸運でした。

ところで、たんに不明なので問いたいと思い、書いておきますが、


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僕は、《アフリカ》の憐れな男たちに出会って自分が感じたことを、言い表す術をしらない。人数は7人ーー全員が若く、22、3歳、屈強な男たちだーー皆が水夫だった。彼らほど素晴らしい男たちを見たことはないーー幾人かは死ぬ定めなのだと考えたときの僕の感情は、きっと誰も表現できないだろう。今どんなに元気盛んでも、2度と故郷を見ることができないなんて。また、このように高貴な男たちが命を落とせば、英国旗の栄光がどれほど翳ることだろう、とも考えた。力強く、たくましく、そして度胸もよく、またやる気もある、こんな男たちのおかげで、僕らは、敵国、フランスの海軍をものともせずにやっていけるのだ。

「国の柱たち」との出会いで呼び起こされた、いくばくかの同性愛的エロティシズム、そして愛国的な感情でもって、クラークソンはこの後、水夫と彼らの経験を奴隷貿易廃止運動の中心に据えるようになった。証拠と情報を集め、また奴隷船の下甲板を照らし出す光を求め、彼はますます水夫たちを頼りにするようになっていったのである。

『奴隷船の歴史』294P
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○太字の部分、水夫が素晴らしいと褒めただけでなぜ「同性愛的エロティシズム」と形容されるのか。


冒頭、1つ目の段落は、奴隷貿易廃止を唱えたトーマス・クラークソンからの引用。18世紀から19世紀のイギリス人です。
2つ目の段落は地の文、現代の作者のマーカス・レディカー。


水夫や軍隊にそういう傾向はつきものかもしれませんが、本書ではその部分にこれまで全く触れられてきませんでした。そしてここに「同性愛的」と書かれたのが初めて。なので驚きましたよわたくしは。若くて逞しい水夫を褒めたくらいで同性愛的エロティシズムと形容するのはどうでしょう?実際に私が読んでいて、クラークソンの文章から全くそういう感じがしなかったのだけど、みなさんはどうですか?
そういう風に書かれることの原因として考えられるのは、私が思うに、この本には今までのところ一切書かれていないけれど、トマス・クラークソンが実際に同性愛的傾向が顕著だったのか、奴隷貿易反対運動の間にそういう嫌疑をかけられたのか、もしくは他の人が、あの文章を読んでそういう風に感じたか、です。

トーマス・クラークソン

↑日本語のwikiの記述は少ないですが、↓英語だとたんまり書いてあります(めんどくさいので全部は読んでいません)

Thomas Clarkson

英語版をざらっと読めば、妻がいたと書かれています。独身者でもない。敵対者からホモセクシュアルを糾弾されていた様子もない。まあ、wikiじゃなくてもっと詳細な研究書にそういうことが書かれていたかもしれないことは否定できませんね。それをレディカーが読んで、クラークソンの人となりにそのことをほのめかすのが公平だと考えて書き添えたのかも。それにしてもいらないだろ。これ。と思ってしまいます。


こういう種類の著作においては、筆者の価値観は出来るだけ表面化されないよう、細心の注意をはらってもらわなければ。信頼性を損なうというものです。



















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By which I mean, right now:羅米文学をこれへ [読書日記]




年末からこれを読んでました。

ラテンアメリカに興味あるので。なかなか面白かったです。

いろいろ読んでみたいと思わせる小説が紹介されていたのですが、中でも『夜のみだらな鳥』と『パラディソ』、『帝国の動向』といった作品に興味が。
『帝国の動向』はメキシコ皇帝マクシミリアンが出てくるお話のようなんですが、このメキシコ皇帝夫妻のwikiの記事読んだりしたら、もうたまらなく興奮しますよね!ね!

でも、この3つ、すぐに入手できない本のようです。試しにアマゾンで見たら『夜のみだらな鳥』中古になる。でもおれ、中古買うのあまり気が進まなくて。どうしてもなかったら、にする。
それからパラディソは翻訳がない。
帝国の動向は翻訳されるかも?というところ?
残念。すぐにでも読みたかったのに。

つまらないので、




を読むことにしました。

ワクワクします。












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