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集合意識のゆりかご:宗教の原始形態 [読書日記]









やっとやっと読了。


『宗教生活の基本形態』というタイトルなんだけども、宗教そのものの話というよりは、宗教的なものの萌芽を遡る、人間集団の集合意識の発展?の研究といった内容でした。


デュルケムは1858年、フランス生まれ。ロレーヌ地方のユダヤ教ラビの家に生まれたけれども若くして棄教、と書いてあります。1912年に本書を刊行。マルセル・モースは甥だそうです。



もっとも手付かずの原初的な生活が残っていると目されるオーストラリアの諸部族の信仰(トーテミスム)を分析の対象に用いて、原初の宗教がどのようなものであったか、どのように発展して宗教となったのか、を解き明かそうとしています。


でるけむ(めんどくさいので以下これで)は、宗教はまずなによりも社会的なものである、とします。

社会とは個人からなる集合体の集合意識であって、個人なくして社会はなく、社会なくして個人もないけれども、時に個人を抑圧するものでもある。それは集団生活がその存続と発展のために個人に促す法的、道徳的要請であって、個人は社会=集団を維持するために、構成員による定期的な合一を開催せねばならない。(祭りのようなものですね、非日常的熱狂が、集団の団結力を高める、といった)

その合一=儀式にやがて後付けされたのが宗教的意味であり、社会集団のグローバリズムとともに儀式=宗教は普遍化していくことになった。


と、今思い出せるのはそのくらい。そんなことが(それ以外のことも)書いてあった。たぶん。

でも読み違えていたり、書き方もまちがっているかも。

最近、本当に自分の知能の低さを思い知ります。

読んだことをすっかり記憶して分類できる明晰さが欲しい。そうしたらもっと面白いことがわかりそうなものなのに。


まあ、ともかく、これを読みながら疑問に思ったのは、

原初の人類集団が言語を発達させ体系化し、

集合意識を顕在化させて進化を遂げたと考えられるならば、

どうして人間は最近の人類学がそうみなしているように、

ホモサピエンスやさらにその祖先といったような、自らの出自と考えられているものを全く記録に残さず、

カンガルーやトウモロコシや泥やなんかから人間が生まれたのだと記憶させるようになったのだろう?

ということ。

宗教が、でるけむの言うように、社会の存続と発展のために形成されたのだとして、

先祖の記憶の、いわば改竄といえるような行為は何のためになされたのかな。

それともまさか本当に、別の惑星か、タイムトラベルをした人間が、

ある時いきなり人類を次元上昇させて

おまえは他の猿っぽいのとはわけが違う、選ばれた動物であるぞよ、なんて吹き込んだり、

したわけはないですよねー。


各地に残る神話や伝説、宗教の天地創造を紐解いて、それが何を言っているのだろーか、と考えるのはとても楽しいことです。


でも次は買っておいた中国語入門を読もうと思います。

それが終わったら、何か文学を。

無神論の歴史や煉獄の歴史などは、もうちょっと後に回そうと思います。


冬場は窓を閉めて入るから、風呂の中で本を読むと、本がベロベロになってしまうから。

分厚く高価なハードカヴァーはもうちょっと先に。












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‘For you little gardener and lover of trees,’ [読書日記]

ロスローリエンを出発して船旅を始めた一行に、ガラドリエルが最後の贈り物。

アラゴルンには再び繋ぎ合わされた「折れた剣ナルシル」(=アンドゥリル)のための鞘と、ガラドリエルから娘に、娘からその娘(アルウェン)に贈られた緑色の石のブローチ。

ボロミアには金のベルト。

メリーとピピンには銀のベルト。

レゴラスには弓矢と箙。

そして、サムには…

‘For you little gardener and lover of trees,’ she said to Sam,


‘I have only a small gift.’ She put into his hand a little box of plain grey wood, unadorned save for a single silver rune upon the lid. ‘Here is set G for Galadriel,’ she said; ‘but also it may stand for garden in your tongue. In this box there is earth from my orchard, and such blessing as Galadriel has still to bestow is upon it.

小箱に入った土。ガラドリエルの果樹園からとった、祝福された土です。


It will not keep you on your road, nor defend you against any peril; but if you keep it and see your home again at last, then perhaps it may reward you.

武器のように、彼らが赴く先の身の守りには役立たないけれど、いつの日か、それを故郷に持ち帰ったなら、あなたの果たした労に報いることでしょう。


Though you should find all barren and laid waste, there will be few gardens in Middle-earth that will bloom like your garden, if you sprinkle this earth there. Then you may remember Galadriel, and catch a glimpse far off of Lórien, that you have seen only in our winter. For our Spring and our Summer are gone by, and they will never be seen on earth again save in memory.’ Sam went red to the ears and muttered something inaudible, as he clutched the box and bowed as well as he could.


故郷は荒れ果てていることだろうけども、あなたがこの土を播けば、再び花咲くことでしょう。その時、あなたはこの私、ガラドリエルと、この土地、ローリエンのことを思い出すことでしょう。でもあなたが目にしたローリエンは冬のもの。私たちの春と夏は過ぎ去ってもう二度と見ることはできない。

サムは耳まで真っ赤になって何か聞き取れないことを口ごもりながら、小箱をしっかり受けとって、精一杯のお辞儀をしました。


このあと、ギムリは、ガラドリエルの髪を3本。エルフとドワーフの友情の思い出に。

in memory of your words at our first meeting.

ロスローリエンに来た時に、ドワーフはエルフにとって招かれざる客で、ギムリだけ目隠しをするしないでレゴラスと喧嘩をし(それがもとで彼らは親友になったのだけど)、一悶着あったのだけど、ガラドリエルだけは、もしエルフが故郷を失い流浪の民となったとして、もう一度、自分たちの土地を目にしたいと思わないはずがあるだろうかと、ギムリの肩を持ったのでした。


そして、フロドには、エアレンディルの星の光を。



この場面は、映画では、フロドがもらったものは記憶にあるのだけど、他のことは覚えていませんでした。
でも、本で読んでとても面白い場面だった。


サムはここでも読者の希望を繋ぎます。

彼が再び故郷に帰ることを、多くの人は、願わずにはいられないだろうと思うから。


目指す場所はまだ遠く、多くの困難が待ち受けていますけど、サムはこの先もどんな風に、読者の心を惹きつけるのでしょう?









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I feel as if I was inside a song, if you take my meaning. [読書日記]


わかってもらえるかな、まるで伝説の中にいるような感じがします。


It's hard to say, if you understand me.

言葉にするのは難しいな、通じてます?僕の言ったこと。


これらは、ロスローリエンでのサムの言葉。エルフや、エルフの魔法について彼が思ったことを言う場面。

The Lord of the Rings を読んでいると、サムの人間らしさが微笑ましく、共感を寄せずにはいられない気持ちになります。


サムことサムワイズ・ギャムジーは、バック・エンド(ビルボやフロドが住んでいた屋敷)の庭師の息子で、庭師としての職務に誇りを持ち、忠誠心篤い、いわゆる田舎の百姓気質。

メリーやピピンや、フロド達のような名家の出身ではないので召使扱いだけれども、ビルボから読み書きや、物語、詩を聞き学び、実は即興で詩も作れます。(それを、あたかも昔聞き覚えた誰かの作のように朗詠します)


そして、エルフやエルフの物語に憧れる、ロマンティストなのです。


エルフやエルフの魔法のような技について語るとき、サムは子供のような内心を漏らすのです。もしわかってもらえるならば。



中つ国wikiに書いてあったのだけど、

『J.R.R.トールキン 或る伝記』によるとサムのモデルは、第一次世界大戦で通信将校として従軍したトールキンに付いていた、従卒の兵士達ということである。

「わが『サム・ギャムジー』は、実はイギリス兵の、一九一四年の戦争で知った兵たちや従卒たちの、おもかげを伝えたものである。彼らは私よりずっと立派だと、今でも私は思っている」


だって。なるほど。

映画のサムはあまり好きになれないキャラクターだったけど、小説のサムは、もうサムが実際は主人公じゃないかと思えるくらい、読者の側で息づいているように感じます。













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