So-net無料ブログ作成
検索選択

レフリゲリウム(refrigerium) [読書日記]



『煉獄の誕生』を読んでいます。

ジャック・ル・ゴッフせんせーのやつ、文章がすらっとしていないから、ほんと読みにくい。
私は文面を追う毎に見通しを立てながら読みたいタイプなんですよね。
(単に私には荷が重い、ということかもしれません。)





さて、「煉獄」

れんごく、英語だとpurgatory

カトリック教会の教義で、この世のいのちの終わりと天国との間に多くの人が経ると教えられる清めの期間。『カトリック教会のカテキズム』では、「神の恵みと神との親しい交わりとを保ったまま死んで、永遠の救いは保証されているものの、天国の喜びにあずかるために必要な聖性を得るように浄化(清め)の苦しみを受ける人々の状態」と説明する。
正教会やプロテスタントなどキリスト教の他の教派では、後述するように煉獄の存在を認めていない。

(wiki丸写し)


私は、<完全無欠の義人でも悪人でもない普通の人が、死んでから最後の審判までの間にいくところ>と思っていたのですが、<ある一定の期間罪を清めるところ>みたいです。

まあともかくその煉獄というのが、中世カトリック教会界隈の産物であって、天国か地獄かという極端な二元論にそぐわなくなった現実の人間社会に即して考え出された第三の場所、というのがこの本の骨子(私見)。




昨日読んだところに、以下のような聖パウロの黙示録の記述を引用した箇所がありました。


劫罰を受けた者の魂は義人の魂が大天使ミカエルによって天国へ運ばれるのを見、自分たちのために主にとりなしてくれるよう嘆願する。大天使は、パウロと彼に付き添う天使たちと一緒に、神に泣いて訴えるよう勧める。そうすれば神は彼らに蘇生のよすが、レフリゲリウム(refrigerium)をお与え下さるであろう。そこで一同声を合わせて嘆き訴えると、天から神の手が降り、その受難と人間の罪の数々を想い起こさせる。しかし彼は聖ミカエルと聖パウロの祈りに心を動かされ、彼らに土曜日夕刻から月曜日朝までの休息(requies ab hora nona sabbati usque prima secunde ferie)を認める。

57ページ 「I 古代の想像的形象」より


は?

「しかし彼は聖ミカエルと聖パウロの祈りに心を動かされ、」の「彼」って誰のこと?

ここには、劫罰を受けた者(の魂)、大天使ミカエル、パウロ、天使たち、神(の手)しか登場しませんね。その中で、ミカエルとパウロは除外、また「彼ら」に相当するのは劫罰を受けた者(の魂)であるので違う、となると、天使たちか神しかない。
というか、文脈からしても「彼」とは「神」のことなのですが、「God」に当たる「he」の「彼」をこんなにそっけなく書いた文をあまり読んだことがなかったので(日本語ならせめてそのあとの「心」を「御心」にするとか、動詞を尊敬語にする、とかそういう書き分けがあることが多い、という認識があります)、ちょっと戸惑ってしまいました。英語でも大文字になってることがありますよね。

その前の「天から神の手が降り、その受難と人間の罪の数々を想い起こさせる。」という箇所も一読しただけではちょっと読み取りにくい表現。
大天使の勧めで劫罰を受けた者(の魂)らが泣きながら嘆願すると、天から神の手が降りてきて、彼らに「受難(←だれの?キリストの?」と「人間の罪の数々」(←だれの?一般人の?)を思い起こさせる。キリストの受難で罪を購ったのにまだ改心しない、だから今更泣いたって悪いのはお前らだ、と言いつつも、土曜日の夕方から月曜の朝まではお休みにしてやる、という神の慈悲を説いた文面である、ということなのでしょうかね。
英語のテキストなら、受難は"Passion"と頭文字が大文字になっていたかもしれず、それならすぐにキリストの受難なのだな、と思えるでしょうけど。言葉の使い方による情報はバカになりません。

まあ、こんな風に、いちいち文句つけつつ、ねちねち考えるのが好きな私です。嫌厭されるタイプのようです。



さて、レフリゲリウム。これは聞いたことがなかったので調べてみようと思い、それをこの日記に書いておこうと考えたのでした。


The Latin word refrigerium literally means ‘refreshment’, and is the origin of the English noun ‘refrigerator’ (Webster, 1913). In ancient Rome, the word refrigerium referred specifically to a commemorative meal for the dead consumed in a graveyard. These meals were held on the day of burial, then again on the ninth day after the funeral, and annually thereafter. Early Christians continued the refrigerium ritual, by taking food to gravesites and catacombs in honor of Christian martyrs, as well as relatives.

The early Christian theologian Tertullian used the term refrigerium interim to describe a happy state in which the souls of the blessed are refreshed while they await the Last Judgment and their definitive entry into Heaven. Later Christian writers referred to a similar, interim state of grace as the "Bosom of Abraham" (a term taken from Luke 16:22, 23). Tertullian's notions of refrigerium were part of a debate on whether the souls of the dead had to await the End of Times and the Last Judgment before their entrance into either Heaven or Hell, or whether, on the other hand, each soul was assigned its place in the eternal afterlife immediately after death (see particular judgment).

(wiki丸写し)


ええと、
ラテン語のリフリゲリウムはリフレッシュメントという意味で、英語のrefrigerator、冷蔵庫(ほらきた、そうじゃないかと思いましたよ)の語源である。
古代ローマでは、レフリゲリウムは特に、死者の為に墓地で摂られる記念的な食事を指す。
これらの食事は埋葬の日中供され?、9日後の葬式、その後は1年毎に繰り返される。(←通夜、葬式、法事の御膳か)
初期のキリスト教徒は墓地、それから身内と同様に殉教者に敬意を表してカタコンベに食事を持ち運ぶことでレフリゲリウムの儀式を維持した。

初期キリスト教神学者のTertullianはこの用語をrefrigerium interim 仮のリフレッシュメント?を「幸福状態」を言い表わすことに用い、そこにおいては祝福された魂たちは、最後の審判と最終的な天国入りを待つ間リフレッシュさせられるという。
後のクリスチャンの著述家は、類似した、慈悲?(grace)の中間状態「アブラハムのふところ」と言述した。
Tertullianによるレフリゲリウムへの言及は、死者の魂は天国あるいは地獄へ入るまで世界の終わりと最後の審判を待たなければならないか、または、もう一方では、それぞれの魂は死の直後にそれ以降永遠に続く死後の人生を割り当てられるのかという議論の一部であった。



古代ローマの習慣であって、日本人にも思い当たるふしのある葬式、墓地での食事という文化の根源と、それをリフレッシュメント、再新鮮化?のような言葉で言い表すのって興味深いですね。
ちなみに私の田舎では葬式の時に出される食事はおひじと言います。今ネットで調べたら「お非時」と書いてありました。










コメント(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

メッセージを送る