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Apparition of the Reich:アメリカ大陸のナチ文学 [読書日記]




読みました。

これからはラテンアメリカを勉強したいと思っていて、ボラーニョは2666を読んでいるし、ウルグアイが舞台の「最終目的地」なる映画もこないだ観たから、なんとなくその気になって。

というよりは、

年末までに読んでしまえる分量の本、と思ってこれを選んだのだけど、読みやすくって予定より早く読み進めてしまいました。
私は女流文学というものが苦手で全く読まないのだけど、この架空の作家たちの人物伝の中で、女性作家はとてもとても生き生きとして映り、魅力的だったのはどうしたことだろう。ルス・(サーネームわすれた)の晩年なんか見事だった。目の前で燃え尽きる星のようだった。
最後の「忌まわしきラミレス・ホフマン」では、いきなり1人称「僕」が出てきて違和感。そしてそれがボラーニョ自身だと知る。それではこれは架空の話に紛れ込んだ作家本人なのか、それともどこかに、これまでにも現実が潜んでいたのか、と、途方に暮れる。おぞましい行為自体は語られないがその存在が物語られる。ボラーニョの本領発揮。ラテンアメリカの風景に溶け込み、ヨーロッパへも飛び火する。


ところで、先にあげた「最終目的地」なる映画ですが、これは親の世代に南米ウルグアイに移民してきた裕福なドイツ系作家(自殺)の残された家族を主題にしていて、未開発の自然の風景、白人の女たちの生き様が印象に残った作品でした。作家の伝記を書こうとその地を訪れる青年オマーは何系だったかな。パレスティナ?でもウルグアイの土地の人はほとんど主題に上らない。

なぜ南米に親ナチス的な文学を想像する余地があるのだろうか?
そもそもなぜ、ナチスの残党は南米に?
スペインや植民地国家が乗り込んできた時にいた現地の人たちは今はどこへ。
いま、南米にいるそれぞれの国の混血、非混血の人たちは自分たちを何人だと思っているのか。


そういったことが気になって、知っておきたいと思っている。






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