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Robert Guiscard [読書日記]





楽しく読書中です。
といっても、平日は眠すぎてほとんど読み進んでいないのですが。

曰く、8世紀末ごろからスカンディナヴィアに住む北方ゲルマン人がいわゆるヴァイキング(=ノルマン人)として南下し、フランス北部海岸地方に定着、その地をノルマン人の土地として、ノルマンディーが誕生しました。そして恩賞や出世からはみ出たノルマン人が立身を夢見て南イタリアに進出。やがてイタリアを支配する一大勢力となる、その中でも傑出した人物としてあげられるのが、ロベール・ギスカール

1046年、年の頃は30歳ほどの騎士が一人で南イタリアに現れる。ノルマンディーの地方豪族の一つオートヴィル家に連なる生まれだけど、供を連れ歩くほどの身分でもない、数多くいる兄弟の中の一人に過ぎなかった、それが、ロベール・ギスカール。

「ロベールは威圧的な性格の持ち主だったが、とにかく頭が良かった。戦うときには勇敢な戦士で、有力者の資産を狙う時はいつも巧妙極まりない。やろうと思ったことを邪魔する者は何者も容赦しなかった。背は高く、誰も及びもつかない。血色はよく金髪で、肩幅は広く、目は火花を散らさんばかりだった。全体としてがっしりしていると良いと思われるところはがっしりしていて、スリムだと良いと思われるところはスリムで、見事に均整のとれたからだをしていて気品があった。このように頭の先から足の先まで魅力にあふれているのである。それでいて、彼が唸り声をあげれば一万の人が逃げ出してしまうほどだったという。こんな人間だから、誰にも従おうとしない。身分は低くとも、これこそ実力者というものである。」(「第二章ロベール・ギスカール登場」 74ページ)


素敵である。
がっしりしていてスリム。肉体美を誇るハリウッド俳優さんのようではないか。
これを書いたのはビザンツの皇女で『アレクシオス伝』を残したアンナ・コムネナということなので、女性目線でヒーローの書き方を心得ている。ロベールは父の敵だったけれども。


イタリアで、ロベールはめきめきと頭角をあらわし、ぐんぐん出世して領地を広げ、カプアとカラブリアの領主となり、やがて、シチリアへと乗り出す。
その頃シチリアはサラセン人の支配下にあって、パレルモはイスラム支配の首都として最盛期には人口30万以上に達したらしい。うん?ちょっと待って、ハンザ都市の人口は、例えばリューベックは、ケルンについで北ドイツ最大の都市で、ハンザの領袖であっても1300年代に15,000、15世紀には25,000に近い数字、というから桁が違う。同時代の世界各地の人口の対比は興味深い。試しにこのウィキのページを見てみると、オランダの人口なんかぐんと少ないのに、ハンザはオランダ商人に追いやられたことになる。面白いね。

横道に逸れました。

シチリア攻略。
パレルモは海と山とに囲まれた要害の地で、水陸両用の攻撃体制が必要だった。
1064年に一度失敗して、1071年、今度は艦隊を用意してきた。港を封鎖して包囲し、1072年年明け早々開城。

とあるのだけど、待った。
艦隊はどこから用意してきたのだ。
陸の戦士がおいそれと海軍を運用できるかしら。明治初期の帝国軍、西郷従道公はどうだったかな。いやいや、大将はそれで良いかもしれないけれど、艦隊というからには、造船から、水軍の用兵、海戦の兵法などなど、一朝一夕ではいかんだろう。仮に、というかそうなのだけど彼らの祖先がヴァイキングでも、土地に定着してからも馬のみならず用船もずっと維持してきたのだろうか。

そんなことが気になって気になって、



を開いてみました。まず目についたのは、

ある中世史家の示唆するところでは、北西スペインのサンチアゴ・デ・コンポステラへの巡礼の道の近辺では、9世紀の大聖堂や修道院の記録によれば、馬産活動で賑わっていたという。(195ページ)

ノルマン人もこの時代、せっせとサンチアゴ・デ・コンポステラの巡礼に行ってたみたいなんですよね。馬を買う目的とかもあったのかな。

それから、

カロリング家の帝国が分裂すると、その後の西ヨーロッパにおいて最強の軍事力を誇ったのは、ノルマン人であった。彼らはバイキングの名で知られているが、10世紀初めには北西フランスにも進出し、その地は後にノルマンディー地方として知られるようになる。(同上)

このノルマン人こそ、騎馬隊の機動性をいかんなく発揮した軍事勢力であった。ノルマン軍の優秀さは、1066年南東イングランド沿岸におけるヘイスティングズの戦いでの勝利によって普及のものになった。この戦いで、イングランドのアングロ=サクソン族は、進行したノルマン人の軍勢によって敗北した。その様子はバイユー美術館に残るタペストリーの刺繍によく描かれている。(195ー196ページ)


とある。最後の引用はノルマン・コンクエストですね。

このバイユーのタペストリーにはヴァイキング船を思わせる船に乗るノルマン人の姿も見受けられる。じゃあ、やっぱり?


そこで本書に戻って続きを読み進めると、あっさり書いてありました。

バーリの人々の態度からわかるように、1060年代に入るまで、南のノルマン人たちが、戦いに船を利用した形跡はない。1060年代前半でも、せいぜいメッシな海峡を渡るのに使ったぐらいである。どうもノルマン人というと、ヴァイキングのイメージが強くて、誰でも龍頭船をあやつっていたかのように思いがちだが、そうではない。南イタリアにやってきたノルマン人は馬に乗った戦士、騎士である。彼らはむしろ海を苦手としていたのである。(「第4章古い支配の終焉」139ページ)

えーーーー

パレルモを陥とすのに、海軍が必要だということで、ロベールが先に征服したカラブリア地方出身者を中心として創設したんだって。

カラブリアはイタリアの長靴の先のあたりで、ウィキによると東ローマ帝国領だというので、ビザンツ、ギリシア人支配だったのだろう。当然、海運も盛んだったんだろうと予想できる。

ところで、ヴァイキングの末裔の海洋民、日本の水軍一族のような存在が、西欧にも脈々と受け継がれていたのかどうか。。。知りたい。





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RUBET ENSIS [読書日記]


コルテスは月を追う夢遊病者のようにゆっくりと歩いてきた。一歩歩くごとに兜の黒と白の羽根飾りが揺らいだ。磨いた鋼の胸甲をつけていたが、松明の火を受けて真っ赤に輝いていた。天幕と人々、いやグルムバッハ本人もその胸甲に映っており、





これは3月にインフルエンザに罹っていた時に読み始めたのですが、なんだか途中で読み進まずに本棚に埋もれさせていたのを、ハンザを読んでしまった後、思い出して手に取り、読了したものであります。


Rubet ensis sanguine hostium

剣は敵の血で赤し



rubet赤い、 ラテン語rubeōの三人称単数現在能動態直接法
I am red or ruddy.
I grow red, redden; color up, blush.


ensis剣。オリオン座イータ星の名前にもなっているみたいですね。


sanguinesanguisという名詞の奪格より。=blood


hostium敵、hostisという名詞の属格の複数形。

テノチティトランの阿鼻叫喚。敗走の後、露営地のテントから騒ぎを聞きつけて出てきたコルテスの片手に握られた剣に、炎の文字で書かれていたというのが上記の銘。乾坤一擲、復讐なるかというこの場面で悪魔的な描写に磨きがかかる。こんな風に、ペルッツの怪奇幻想小説は、小道具や舞台に凝っていて、セリフ回しも示唆的で面白く、読むと引き込まれるような感じ。

ともあれ、モンテスマの死を引き金に、テノチティトランの阿鼻叫喚。
(今、ウィキでリンクをはろうと思って、テノチティトランを調べたら、コルテスが彼の地を征服したのが1521年8月13日とあり、わたしが読了したのは昨夜、2017年の8月13日のことだから、ちょっとびっくりしました。)
非業の死。
必ず達成される呪いの言葉。
異母兄弟、ドイツとスペインの確執。
瘴気もたらすメソアメリカと、遠い、ドイツの荒涼とした冬の森。
新大陸の金銀財宝と旧世界の宗教戦争。
こういったものがまるで神話を描いた壁画のように渾然一体と絡み合い、不要なモティーフなど何もないとばかりに作用しあい、膨れ上がり、到達し、収斂するペルッツの物語の力量に毎回感心させられます。


「メルヒオル、このおれも老いと疲れで鈍感になれば、この声に負けてスペイン人や坊主どもと妥協したいと思いかねないのだ。もしそうなったら、お前が今夜のことを思い出させてくれよ。おれがこの憎しみを忘れんようにな。」


さあさあ、宿命や悪魔、死者の呪いに翻弄される登場人物たちの結末やいかに。
人にすすめるほどではないけれど、自分自身はついつい手にとってしまう、そういう魅力がペルッツ作品にはあります。

それに、







を読んだ記憶から、

コルテスがアステカの財宝をスペインの皇帝に送るのだと思い込んだグルムバッハが峠で一行を待ち伏せする場面は、フランシス・ドレイクがスペイン人達の銀を略奪したという話を思い起こさせるし、

実在の人物ではないけれど、グルムバッハがライン伯と呼ばれているからには、ライン宮中伯のことなのかな、と先日別件で調べたばっかりの単語が思い浮かんで楽しい。

ラインラントといえば、ハンザの大都市ケルン。神聖ローマ帝国で4番目に古い大学を持ち、ケルン大聖堂が有名で、なぜか本棚に見当たらないので引用できないけれどマクニールのヴェネツィアにも神学論争で出てきた気がするし、古くからイングランドと独自の交易ルートがあるハンザ同盟内の古株で、ハンザの衰退の一因でもある30年戦争の舞台でもありました。
スペインの非道。故郷から遠い新大陸の地で非業の死を遂げる哀れなドイツ人たち。ルターの主張に心を寄せるグルムバッハの叫びにはハッとさせられます。




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How can we ever be friends? [読書日記]

クリストファー・イシャーウッドのシングルマン。
ほぼ主人公ジョージの妄想と被害妄想に終始(←個人的かつ好意的表現です)する内容なんですが、印象的な短編作品でした。
トム・フォードの映画の残照の中で読んだからかもしれませんね。

映画との違いは、ジョージはパートナーであるジムの死に打撃を受けているけれど、自分の人生を終わらせようとは思っていないこと。むしろ逆に、生きている自分を実感して、謳歌しています。そしてジムに愛人がいて、愛人と旅行中に死ぬこと、犬はいないこと…。
同じなのは、マイノリティのこと、リベラルな風潮のこと、などを学生に語るときのジョージの中に潜む情熱。彼の主張を文章で読むと一段と時間の差を感じさせない普遍性が際立ちます。
それからカウチに座って、本を読む、あの美しい映画のシーン。
わたしはあのシーンとあの家があることでいっそう深く、シングルマンの映画が好きなのですが、イシャーウッドの描写は、ジョージが日々新たにする喪失感に胸をえぐられるような表現になっていて、鋭いです。



そしてまた、特に書いておきたいのが、凡庸なのか隠れた賢者なのかわからない、謎めいてどこか蠱惑的でもある学生ケニー・ポッターくんがジョージにこう言うところ。

'What's so phoney nowadays is all this familiarity. Pretending there isn't any difference between people - well, like you were saying about minorities, this morning. If you and I are no different , what do we have to give each other? How can we ever be friends?'

最近の風潮で、特に嘘っぽいなと思うのが、そういう誰でも友達みたいなところなんですよね。同じ人間なんだから違いなんかないってふうに装う、ほら、先生が今朝マイノリティについて言ってた。でも例えば先生とぼくという人間の間に違いがなければ、お互いにどんな影響を与えられるというんでしょう?そもそも、どうやって友達になれますか?


これは海辺のバーでの会話ですが、映画では生き生きと映し出された俳優さんの表情に注意を逸らされて、セリフはあまりよく覚えていませんでした。原作ではこういうことを言っていたのです。彼は本当に謎めいたキャラクターで、読者が得る印象は全てジョージの妄想でしかないのじゃないかな、と勘ぐりたくなるのですが、このセリフだけでも出色だなと思いましたし、ジョージの妄想によってしか成り立たないかもしれないとはいえ、全体を通して象徴的な存在でした。そういえば、別のところで、ジョージはこう言っていましたっけね。we're creatures of spirit. Our life is all in the mind. (とはいえ、現実の彼は、小説の世界が現実だとして、一人で残してきた初老の男性がその後死ぬのだから、後味悪いし、警察になんていうのだろう?とついそんなことを考えてしまいますけど。)


原作者であるイシャーウッドの言葉選びや表現方法、映画にしたトム・フォードの解釈など、あれこれ想像して比較するのも面白く、イシャーウッドの別の作品もぜひ読みたいと思って、さらばベルリンというのを電子とペーパーバックで購入しています。

ペーパーバックといえば、シングルマンのも買ったのですが、これにはトム・フォードの序文がついていて、そこに、トム・フォードがイシャーウッドの長年の熱烈なファンで、若い頃に作家と直接会ったことがあり、その時期待したほど相手にされなかったけど、そのせいでますますのめり込んだこと、などが書いてありました。わたしもそうなりつつあります。ジョージが授業で使っていたハックスレーの「夏幾度も巡り来て後に」を読み、映画シングルマンのブルーレイを買い、今すぐにではないけれど、この先もずっと心に留めておいて、時折思い出して意味を噛み締めたい、そういう類の作品でした。




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many a summer [読書日記]


先日、トム・フォードが監督を務めた映画、A Single Man(2009)を観まして。
わたしああいうお洒落な衣装や背景の映画大好きなので、楽しく鑑賞し、なんとなく心に残り、
いろいろ気になりはじめ、ついつい原作の小説にも手を出してしまいました。



まだ30%のところまでしか読み進んでいません。やっとこの物語の主人公ジョージが大学で授業を始めたところ。教室に入るもおしゃべりをやめない学生たちとの心理的攻防の末、おもむろにジョージは口を開くんです。

'After many a summer dies the swan.'
George rolls the words off his tongue with such hammy harmonics, such shameless relish, that this sounds like a parody of W.B. Yeats reciting.

「幾夏去りし後、その白鳥は死ぬ」
と、ジョージは語り出した。いかにもわざとらしく。いかにも芝居がかって。まるでウィリアム・バトラー・イェイツの暗唱の真似のように。
(わたしの意訳)


ジョージは文学の先生なのでしたっけね。この、
After many a summer dies the swan というは、1939年に発表されたイギリスの著作家オルダス・ハクスリーの小説のタイトル。ただし、アメリカではAfter many a summer dies the swan として出版されたけど、イギリス版ではAfter many a summerらしい。わたしが買った電子書籍(表紙がなかなか今ふうに良いね)も後者になってますね。

そしてもともとはアルフレッド・テニソンの詩、ティトノスの一節から採られたもの。

Tithonus  BY ALFRED, LORD TENNYSON

The woods decay, the woods decay and fall,
The vapours weep their burthen to the ground,
Man comes and tills the field and lies beneath,
And after many a summer dies the swan.
Me only cruel immortality
Consumes: I wither slowly in thine arms,
Here at the quiet limit of the world,
A white-hair'd shadow roaming like a dream
The ever-silent spaces of the East,
Far-folded mists, and gleaming halls of morn.

(以下略)



ジョージは、After many a summer dies the swan と語るとき、diesを強調して発音する。ハクスリーがテニソンのオリジナルの詩のAndを省略した埋め合わせのために、だそう。ふうん?

ちょっと探したけどテニソンの当該詩の邦訳が見当たらないので、調べたことを書いて置きますが、ティトノスは暁の女神エオスの夫で、女神に願いを訊かれた時に、不老を願わず不死をのみ求めたため、死なないけれど老いさらばえて最後はセミになったという伝説の人物で、その人のことを謳った詩ですね。
適当な訳を引っ張ってこれなかったので、いちおう私が訳してみましょう。


ティトノス

森は老い、森は老いて滅び、
暗鬱とした空気はその重荷を地に撒き、
人が来て、その地を耕しその地に眠り、
そして幾夏去りし後、その白鳥は死ぬ。
哀れな不死者であるわたしは
古ぶ:あなたの腕の中でゆっくりと枯れ、
この世の静寂の際であるこの地で、
夢のように彷徨う白頭の影ひとつ
静謐な東の地、
幾重にも包まれた霧、そして暁の輝ける館

(わたしの意訳、下の方の行、よく解りませんでしたー)


で、the swanってなんや、と思いませんでした?

調べたら

Aldous Huxley and the Search for Meaning: A Study of the Eleven Novels

という本を見つけました。
白鳥は長く生きると信じられていた為で、それはティトノスもそうで、ならばthe swanというのはティトノスを指しているのでしょうか。あれ?でもティトノスは不死だから、dieはしない。

なんかよくわかりません。。。難しいです。
岩波文庫から出ているテニソンの詩集には、ティトノスが入っているのでしょうか。
今度、買いにいかねばなりません。

というわけで、





も買ってありますが、全然そこまでたどり着きません。

……あれ?
おかしい。今年は南米文学を読む予定だったのに。










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It was just a chunk of clay. [読書日記]


6月の頭からいろいろあって、世間的には大したことないありふれた事象の連続ですが、私には物悲しい日々でした。仕事場にいる犬に敷いてやっている布団が汚いからといって勝手に捨てられたこと。祖母がとうとう旅立ったこと。父がとある見合い話を喜んで持ってきたこと。現実の世界は心底がっかりさせられることばかりで、私には本という逃避なしにはどうやって腐らずに生きていられるのか不思議です。

まあ、そういうわけで読書会で読んでいる課題図書を、のめり込むようにして読みました。タイトルが

HOUSEBOAT ON THE NILE

というもので、エジプト旅行か、ナイル殺人事件のパロとかがあるのかしら?と最初に想像したのですが、全くなく、不可解なタイトル…と気になっていました。それでGOOD READERのプレビューで外人さんがそれらしいこと書いてないかな、とおもい探してみると、ありました。

the nileとはナイル川のことですが、この発音とdenail(=拒否)という英単語が、「でないる」(っぽい)でよく似ていること、それでthe Nile is not a river in Egyptみたいな言い回しがあるそうです。
ここからはわたしの想像ですが、ハウスボートというと、そこでの暮らしがイメージされるから、拒否という川の上に浮かぶ舟(=家)、否定の流れを流れる人生、…つまり、岸辺なき流れ、ということ?笑 過大解釈でしたね。
ともかく、とても面白く読み、救われました。物語の中に、主人公の一人が密かに愛着を持っているロットワイラーの陶器の置物が出てきます。主人公の一人のお気に入りの映画Hondoの犬と、たぶんオリジナルの挿話にでてくる犬とか混じり合った、その人にとって重要な象徴的存在なんだろうと思います。わたしも犬の布団を勝手に捨てられたことで一晩中泣けるくらい犬に愛着を持っているので(だってそうでしょう?犬はそこで寝ていたんですよ?自分の匂いつけて、安心できる居場所だと思って。それを汚いから捨てるなんて犬に対して思いやりがなさすぎて言葉もありません)、犬に愛着を持っている人の話には弱いのです。読みながら、ジェフリー・フォードの白い果実三部作を思い出しました。

白い果実、記憶の書、緑のヴェール。これらをわたしは10年近く前に読みましたが、今でも最も評価する作品の一つです。途中から、ウッドという犬が出てきます。最初は全く打ち解けず、可愛くない犬でしたが、忠実さと愛情の象徴でした。主人公クレイと気の遠くなるような、過酷な旅をしたウッド。

それ以来クレイは怒るのをやめた。ただ、ウッドにもう一度会いたいという気持ちだけが残った。森で狩をしていると時折、ウッドの吠え声がはるかかなかから聞こえることがあった。初めてそれを聞いたときは、その源を探して5マイルも歩いたが、一生かかっても近くことはできないとわかっただけだった。(緑のヴェール 321ページ)













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Let your fantasy unwind [読書日記]

これを読み始めました。




ちょっと難しそうだけど、これはわたしが最近興味を持っている中世のグローバリゼーションに対して啓蒙してくれそうだから。

本文を読む前にまずは訳者紹介やあとがき、付録の地図をとっくり眺め…。

前書きにこう書いてあります。


ハンザの歴史は、12世紀半ばと17世紀半ばの間という非常にはっきりした2つの年代にはさまれている。

当時の人々の理解に従えば、バルト海は氷結した海岸に囲まれた袋小路などではなかった。すなわち、バルト海はロシアの河川に向かって広く開かれた交易路であり、ノヴゴロドとスモレンスクという大きな市場に通じていた。この2つの市場には、はるか東方の白海沿岸そしてイスラーム圏やビザンツ圏にある東方諸国から、長い道のりを経た珍奇で高価な産物が流れ込んでいた。

ドイツ商人はバルト海沿岸全域で取引を営み、この地域での商業目的のための新都市建設にも積極的に参加し、大きな影響力を発揮した。それと同時に、北海沿岸、ノルウェー、ネーデルラントそしてイングランドに航行し、イングランドでは、ケルンとロンドンの間を結ぶ、はるか以前に確立されていた交易を発展させた。10ページ


ここまででもうすでに楽しい!

バルト海といえば、キアラン・カーソンの”琥珀捕り”で語られた人魚や琥珀の話を思い出す。
それに最近、フィンランドの人は自国の税金が高いのでフェリーに乗って、対岸にあるエストニアのタリンへ買い出しにゆくと聞いたばかりなのですよね。(それって税制としてどうなの?)

タリンは、フィンランドの首都ヘルシンキ、ロシアのサンクトペテルブルクと同じく、フィンランド湾に面する主要都市の一つであり、2011年の欧州文化首都である。また、中世ハンザ都市の一つとして栄えた港湾都市で、現在もバルト海クルーズの主な寄港地の一つである。2008年にはNATOのサイバーテロ対策機関の本部が置かれた。
フィンランド湾南岸のタリンから、同湾北岸のヘルシンキまでは85km、同湾東奥のサンクトペテルブルクまでは350kmの距離である。(wiki)

ここもハンザ都市だったんですね!

それから、イスラームやビザンツの、と聞くと、マクニールの”ヴェネツィア”で読んだイタリア都市国家の貿易の歴史も思い出す。東方との交易。ラテン教会と東方教会との軋轢。ロシア正教との関係など…。バルト海、北海、地中海、黒海とつながってそれから陸路で北上すると輪っかになる!また新たな知識が加わると良いな。

ネーデルラントといえばトマス・クロムウェル、ヒラリー・マンテルのウルフホールで読んだ。ウルジーに使える前は、オランダで毛織り物かなにか貿易の仕事をしていたはず。ハンザに関わる記述があったかどうか、覚えていませんが、時期も場所もぴったり。


北海沿岸、ノルウェー、ネーデルラントそしてイングランド

それらの海を航行する船団を思い浮かべると、うっとりしちゃう。
確か、ヴァイキングが発明した櫂か何かの改良によって、船体を大きくすることが出来、交易が拡大したんではなかったかな。北海やバルト海は船と海上貿易の歴史で重要な揺籃の地のような気がする。民族や文化の出会い(衝突)により歴史が動く様も楽しそうでニヤニヤしてしまいます。


用語や、要求される基礎知識があまり高度でなければ良いんですけどね。。










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KISMET [読書日記]




読みました。

奴隷船の歴史に引き続き、あまり難しくなく、さらっと読めて興味深く、いろいろお勉強になりました。
分厚いけど読みやすいのでおすすめです。

さて、最後にグローバリゼーションのあけぼの、とかそんな感じの追記があって、そこでザイトンという福建省のとある港町が元朝に発展し「世界最大の港」と呼ばれたことを知りました。

14世紀にはイブン・バットゥータも訪れ、『三大陸周遊記』に約100艘の大型ジャンクと数え切れないほどの小型船が停泊する「世界最大の港」と記している。

イスラム、仏教、キリスト教それぞれの宗教施設を要した他民族貿易都市。アラブ人の蒲 寿庚が実力者として君臨し、イスラム教徒へ改宗する中国人も多かった。蒲 寿庚の勢はスンナ派で、他の大部分はシーア派で…

あとは推して知るべし。


















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Well, now, my bloodhounds! [読書日記]

年末に初めて開き、3月の初旬に18%、4月14日に28%、5月3日に50%、



そして今は80%というところ。ご存じニコラ・ル・フロック警視シリーズです。

サン・フロランタンは、邦訳されているシリーズの中にも出てきた人物ですが、サン・フロランタン伯爵、侯爵、そしてド・ラ・ヴリリエ(!?)公爵、本名ルイ・フェリポー(Louis Phélypeaux (18 August 1705 – 27 February 1777) comte de Saint-Florentin, marquis (1725) and duc de La Vrillière (1770), was a French politician.)

その人の宅で起きたメイド殺人事件から端を発する事件の物語。

歴史上の人物が行き交い、非常にややこしく、フランス語表記が読みにくいことこの上ない。読者泣かせのこの話。主人公ニコラの前回までの上司サルティン、今の上司がレノア。それから上述のルイ・フェリポー、そしてその従兄弟デギュイヨン公爵=エマニュエル・アルマン・ド・リシュリュー (第3代リシュリュー公爵ルイ・フランソワ・アルマン・ド・ヴィニュロー・デュ・プレシの甥)。ルイ16世の宮廷の権力者モールパ、などなど、会話の中に出て来ても、いちいちわからなくて、いちいち調べないと把握できない!(読書会でお世話になっている人に泣きついて教えてもらいました)

さて、物語は1774年の秋のお話ですので、1787年〜のフランス革命に先立つこと十数年ということになります。色々と怪しい雰囲気のパリ、ヴェルサイユ。ニコラの無二の相棒ブルドーはルソーに気触れ、折に触れ貴族や社会を批判しています。遠い雷鳴を予感しながら、まずは

The King must be served first; that was his motto and his yardstick, as always. After that, he would just have to see how things worked out.

まずは王様が第一で、その他のことはいつものように、成るように成るべく解決するのだというおなじみのニコラが活躍…(今のとこしてません)します。

多少猟奇で、多少ロマンス、多少グルメ。ニコラとブルドーのブロマンスも楽しめます(どうして二人の薄い本がないのか不思議なくらいです)。

英訳で読むのは難しいので、もう当分は読みたくないけれど、シリーズは13冊まで出ているみたいだから、ぼちぼちと読んでいけたらな、と思っています。






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The Twelfth of Never [読書日記]





を楽しく読んでます。コロンブス交換や新生均質の結果、新大陸や中国で結果的に西洋人の都合の良いように働いた、という話。これまでのところ。たぶん。グローバリズムや生物多様性はこの頃からのトレンドと言えます。


そして、これ、書いました。



タイトルは”決して起こらないこと”という意味のidiom、みんな大好きキアラン・カーソンの詩集です。

一番最初の詩は、" Tib's Eve" といい、

There is a green hill far away, without a city wall,
Where cows have longer horns than any that we know;
Where daylight hours behold a moon of indigo,
And fairy cobblers operate without an awl.

はるか遠くに緑の丘がある、城壁のない、
そこは牛は我々が知るものより長いツノを持つところ、
日なかに藍色の月浮かぶ、
そして小人の靴屋たちが錐なしで働くところ

という始まり。(訳は怪しい)
なんだかキアラン・カーソンらしい、幻想的な詩で、ちょっとよくわからないところもあるけれど
気に入りました。

そうそう、St Tibというのがすでにわかりにくい。
調べてみたけど…

St. Tib is an aetheric being created by the introduction of Leap Days into calendars. He first became conscious when some bright soul realized that those who are born on Leap Days technically have birthdays substantially less often than anyone else.


つまり、閏日の聖人ということかな?

like,
幽霊船が鬱蒼とした真実の森をうねって進み、魚の一群が帆の間を飛ぶ、
川は丘を上って星が輝く雲に注ぎ、いちご畑はオーシャンブルーの中に育つ。

これは緑の薔薇とライオン・リリーの国、
ゼノンの兎と亀のパラドクスに支配され、
全てが明喩と隠喩の国。

夢遊病者たる我々、この楽園を彷徨い、時折、繰り返される祈りの言葉のように、
さもなければまた真実というものが嘘であると知っている物語話者


幽霊船のところはたむらしげるの絵本みたいで、
緑の薔薇、ライオン・リリーはなんの象徴かわからず、
ゼノンのパラドクスは時間の不在?

物語を物語る人というのは、カーソンのテーマですね。


表紙はポピーの花。そしてちょうど同じポピーが我が庭にも咲いているこの季節に届いたのが嬉しい。万物照応だからね。





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Far be it [読書日記]





読み終わりました。

中世に煉獄というものが出来て、それは主にカトリック教会でのことですが、今際の際に司祭を通して悔悟をすれば誰でも、地獄直行間違いなしの罪人や悪人でも煉獄という浄罪の場で罪を償うことにより、ゆくゆくは天国へいけるというシステムが出来上がった、というのお話。(ちがうかも)

それはつまり、死後、未来永劫の苦しみである地獄に堕ちないために、そしてもしくは地獄の苦しみに勝るとも劣らない煉獄での浄罪の苦しみを軽減するために、教会のとりなしがどうしても必要で、天国があり地獄があると一般的に信じられていた社会において、それは人々の信心を取り込むための非常に有効な手段であったことが想像できます。

煉獄の流行は、ル・ゴッフせんせーによれば19世紀くらいまで。ということは、以前に読んだ無神論の歴史に思いを巡らせれば、死の床においても決然と司祭の同席を拒否したキリスト教社会の無神論者さんたちの胆力や、驚嘆すべきものであったと言わざるを得ません。最後の最後には神の許しを請うた無神論者さんがいても残念なことではないでしょう。私は今健康で、死ぬことなどあまり考えませんが、いざ風前の灯火となると、やはり恐怖に襲われるかも。だって死後は未知だもの。何かにすがりたいと思うほど心が弱くなるかもしれない。でもそうしない。死ねば終わり。骸はただの抜け殻で、孤独死しようが損壊されようが、どんな扱いでも全く気にしない。出来れば、また生まれ変わらないように、ともし火が消えるように、魂も消滅すれば良い。そういう風に、疑わず、死んでいけますように。

浄福を得んがためにはひと各々の流儀あるべし。

です。






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